第 二 章(5)三共闘の春闘で「神立」案の給与体系決まる

学生の急増で学費収入も増えていったが、それを給与にまわそうとしないのは、教育環境としての施設充実に進んで投資した神立、大西らと違い、金子も丸山と同じだった。それぞれ組合を持つ大学、付属一高では不満が高まり、付属盈進の組合との三共闘で団体交渉に臨むことになる。
大学、付属一高、盈進幼・小・中・高各学校の他校と比べて格段に低い給与水準は、多数の教職員を三共闘に結集させた。夏、冬とも前例のない高額の一時金を獲得し、その勢いに乗って、春闘で大幅なベース・アップに向けて粘り強い交渉に入ったのである。
べース・アップと違って、一時金支出の増加は一時的なもので、理事会も受け入れやすいが、教職員にとっての生活の基本は毎月の給与でありその元になるのが基本給なのだ。組合は全力でベース・アップの達成に取り組む方針を決定していた。

ある日、神立理事から声がかかり、盈進組合の委員長である倉橋治(後盈進高校校長)と書記長である私の二人で、吉祥寺の料亭に出向く。このような会合では、しばしば使用者側と組合幹部の間の闇取引、買収等が行われるが、執行部にはこの会合のことを伝えているし神立の人柄からも妙な事にはならないと思っていた。とは言え、かなり緊張していたのを覚えている。
神立はくつろいでおり、専ら雑談に終始していたので、ホッとしてそれに付き合った。いつ本題に入るのかと待っていると、「いやあ、今日は楽しかった。先生方が教育に専念できるよう理事会も考えていくよ。」とお開きになり、唖然とした。
夜、布団の中で、この日のやり取りを詳細に思い出していると、改まった質問などは一切なかったのに、必要なことはすべて聞き出していたのを知り、背中がぞっとした。偉そうに威張っている人物はほとんどたいしたことはない。実力があれば、威張る必要などないからだ。

待遇での不満は、年齢、経歴、仕事の内容と無関係に給与の個人差が大きいこと、それを埋めるには、一時金での一律分を大きくする必要があること、低賃銀に加えて確たる基準がないこと、差別されている教職員はその差別がある限りストレスに悩まされていることなどは、団交の場でも断片的に触れられていることで、特別な情報ではない。神立は第一にこれらの断片を三組合が共有していること及び、第二に待遇に関する問題が組合の中心課題であって賃金の基準の確立という問題が解決されれば、さしあたり三組合とも理事会と争うつもりはないことを確認しておきたかったのである。神立には、組合側では、何か予想もしない隠れた問題があるのではないかとの不安があったようだが、この日の会合でそのようなものは一切ないと確認できたのである。給与問題さえ解決すれば良い、それを確認するのがこの会談の目的だったのである。
威張っている人間は怖くないが、70才を越えて、絶えずニコニコと人の話を聞いているような穏やかな年寄りには、時に恐ろしい人物がいることを学んだ。

神立は、国家公務員の給与体系を基準とし、その2号俸上を基準とする給与体系を考えていて、これが理事会案として提示された。東京都公務員と同じ水準である。ベース・アップも毎年の国家公務員のそれに準じていれば、恒例行事化している春闘は不要になる。組合はこの提案を了承した。それまでの個別に給与を決めていたことからくる差別はなくなり、旧態依然の不透明な制度は一挙に近代化された。
これで、賃上げに費やした時間と労力を教育の現場に向けられると、三組合は共闘の成果を喜んでいたが、この時大学理事会は、盈進を大学から切り離し分離・独立させようと画策し始めていたのである。
闘争が激化していたのは、基準のない不透明な差別賃金と時代遅れの低い給与水準に対する不満が沸点に達していたからだが、大学理事会はこのような当時の学内の実態を認識できず、従って反省もしないまま、過激な煽動を主導した盈進組合が激しい闘争の元凶だと速断した。見当違いな過剰反応である。

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