第 二 章(1)大学理事長金子昇が盈進に送り込んだ面々

ある朝、ヒゲ以下出迎えの教職員が待っているところへ、黒塗りの大学公用車が玄関に到着、コートを翻して颯爽と乗り込んできたのが、大学が任命した付属盈進幼、小、中、高の水越理事長、理事大西経信(大学事務局長)、理事下田博一(大学総務部長)の三名である。理事長室でヒゲとの挨拶がすむと、教員の代表数名が呼ばれ、今後の対応について説明を受けた。

学校名は「盈進」の名前を残し、その前に「大東文化大学付属」をつける、大学理事会が付属の新理事会を通じて運営にあたる。現教職員はそのまま勤務を継続し、給与は現行金額を保証するという。まずは、まともな対応であった。まさか解雇はあるまいと考えていたが、ある程度の給与の減額は覚悟していたので、誰もがホッとした。
水越理事長は、大学が責任を持ってこの学園を再出発させるので全教職員の協力を得たいと述べ、後は大西と下田にまかせた。
オール・バックの白髪にギョロ目、聞き取りやすい関西弁をやや早口で話す大西のこの学校に来ての最初の感想は、正確に的を射ていた。
「校舎内をざっと歩いてみたが、教室も廊下もひどく荒れているねえ。生徒はかわいそうだし、先生方もよくこれでやってこられたものだと驚きました。」
毎日の勤務で慣れっこになっていたので、さほどの苦痛を感じてもいなかったが,まともな目で見ると、校舎の荒れ方は衝撃的だったに違いない。貧しさに慣れて感覚が鈍くなっていたのは、惨めというしかない。“貧すれば鈍する”そのままで、ひたすら恥じ入るしかなかった。

40代で恰幅がよい下田は、角張った顔、太い眉毛に二重まぶたの大きな目でなかなかハンサムである。ダブルのスーツに身を包み、しかしネクタイの趣味はよくない。給与面を管轄するが、今後は付属第一高校の給与も参考にして検討していくと、穏やかでゆったりした口調で述べた。彼はいかなる時でもゆったりしたペースを守り、表情も変えないまま信じがたいひどいことを淡々と告げるのである。常に彼なりの理屈を用意しているのが、不思議だった。
穏やかな初顔合わせで、教職員はホッとした。解雇はないし、少なくとも現行給与は保証された。最悪の事態は避けられたのだ。

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