第 一 章(5) 豊かな装飾

1)装飾の多いキャンパス

このキャンパスで誰もが気がつくのは、装飾が多いことだ。
正門の市松模様、管理棟の漆喰のなまこ壁、広場から池越しに望むお伽話に出てくるような赤い屋根のカフェテリアの遠望、大胆な緑と黒で塗装した大講堂の外壁、注意して見ないと気がつかないが教室棟外壁の飾りブロックは、一戸ごとに模様が違っている。圧巻は、大講堂の、職人芸の極致である黒漆喰の柱と踊るような赤と黒のパタンを漆喰仕上げで描き上げた内装だろう。天井からは、映画アマデウスで使われていた三基のシャンデリアが吊り下げられている。ステージの背景は、天井の高さのピンクのダイア模様の衝立てである。

多くの学校施設では、このような多彩な装飾は見られない。機能に徹し装飾を避けスッキリした内装・外観を、近代建築の学校が求めてきたからだ。例外として、RC造である山形県上山小学校の階段の踊り場にあるステンド・グラスが印象に残っているが、そのくらい学校施設は装飾と無縁だったのである。

2)装飾が生まれた背景

 
第一に、若い活動的な高校生にふさわしく彼らが楽しめるキャンパスの雰囲気をつくるものとして装飾がある。冬も暖房をしない厳しい学問の場であった水戸の藩校や静かな祈りの毎日を過ごすための修道院の雰囲気は、彼らが毎日の学校生活を楽しむキャンパスにはふさわしくない。

第二に、第一と関連するが、装飾の本質は、飾りたいと思う人々の内面からの欲求が形になったものと言って良い。身近な例としては、若い女の子のそうした思いが、髪を飾るリボンという形をとって現れる。外から取ってつけた装飾では駄目なのだ。以前の盈進では、学校の規則で女子生徒が髪にリボンをつけることを禁止し、ゴムひもの使用を強要していた。彼女らの、自分を飾りたいという欲求を抑えつけていたのである。

第三に、周囲の環境とキャンパス内の諸施設に調和する、活き活きした装飾が求められる。この点で、あえて調和の破壊で一種の活気をつくろうとするポスト・モダンとは、はっきり異なる。ポスト・モダンの装飾は、特に外壁の場合、外から取ってつけたものの典型となる。合衆国シアトルの緑色に塗装したビルの正面壁に取り付けてある彫像がその一例だ。更にポスト・モダンでは、意図的に調和を破壊する破調をその特徴とする例が多い。東京、恵比寿のビール会社の社屋はその好例かと思う。
近代建築の無機的な冷たい感性と無装飾性に対抗しこれを越えるものとして現れたポスト・モダンは、伝統的な建築のコピーから香港上海銀行ビルのような前衛に至る幅と多様性を示しているが、一言で言えば、顧客の意向とは無関係に、文化遺産の継承発展のうち継承と切れたところで建築家個人のイメージ、思い付きから生まれたものである。建築家の数だけ思いつきはあるわけで、百花繚乱はその現れである。しかし、文化遺産の地下水に根をおろしていないので、所詮その運命は一時の徒花であり、百年の風雪に耐えるクラシックにはなり得ない。
近代建築の無装飾性に対抗してその回復をはかった装飾は外から取ってつけたものであったし、このような装飾と調和をあえて破壊する破調という特徴は、ポスト・モダンに共通している。それは「ハレ」の建築であって、日常生活をそこで送れるような建築ではない。
このキャンパスの装飾は、活き活きした高校生の毎日の生活にふさわしいものとして、調和をキー・ワードに生徒・教職員が求めるだろう雰囲気を創るためのものだった。破調とは当然無縁である。建築としてのこのキャンパスはあくまで「ケ」である。
第一と第二の背景に関わる例としては、建具である各教室の入り口(玄関)のドアをあげたい。普通は、ベニヤ板張りのフラッシュ・ドアであるが、それではいかにも機能だけで、殺伐としている。どのドアもムクの板を使って、縁取りの細工の手を入れた。教室の入り口は玄関である。そこには、やはり何らかの飾りがほしいのだ。細工は簡単なものだが、ちょっと建具屋の手が加わるだけで玄関らしくなる。

3)レッド・ウッドも装飾のひとつ

ちょっと見ただけでは、それが装飾だとは思えないが、実は、各教室棟の窓のサッシュと外階段の手すりの素材はレッド・ウッドであって、その素材そのものが装飾になっている。カリフォルニア北部にしかない樹齢三千年を超える木で、合衆国では高級内装材として使用されている。日本の檜と同様耐水性があり、特に名古屋港で水揚げした直後七・五メートルに切って四つ割りにした断面の無節の赤い色の美しさは今でも覚えている。同行した棟梁の住吉は、「こんな綺麗な木は、今まで見たことがねーな。」と腕を組んで暫く見入っていた。殆ど諦めかけていたところ、幸運に恵まれて、ようやく手に入れたレッド・ウッドであり、それをふんだんに窓のサッシュや手すり、廊下の天井などに使っている贅沢は、このキャンパスの大きな特徴である。このレッド・ウッドを張り詰めている武道場の贅沢な壁面は、空間の緊張感を作り出すとともに、無節の素材の美しさだけで立派な装飾になっている。

赤い屋根を持つ木造二階建のカフェテリアは、正面の壁面をピンクのダイアで飾った可愛らしい建物である。ただ食事を提供するという機能に重点を置いているのが普通の高校の食堂だが、このキャンパスでは、池越しに見るだけで行ってみたくなるカフェテリアがデザインされている。建物そのものが装飾なのだ。

管理棟の壁面の漆喰模様仕上げも、隣の木造二階建て教室棟の並ぶホーム・ルーム通りに合わせてデザインされている。特に管理棟入り口のアーチは、装飾になっていると同時に、そこから教員室棟と教室棟に挟まれた奥でゆるやかにカーブしている路地の“どこか覚えのある懐かしい空間”を絵として楽しめる、いわば額縁になっている。

一階の事務室内部では、空間に柱が林立している。人の移動の妨げになるように思えるが、実はそのような機能上の問題は一切無い。オフィスには必ず机、椅子、印刷機等の備品に加え時として間仕切りの衝立が置かれるので、人はいずれにせよその間を通って移動することになるからだ。
近代建築のビルでは、オフィスの空間として柱のない広い空間を求めてきたが、いずれ机、備品、衝立などを配置し、時に間仕切りで空間を分割するのであれば、機能の面でそのような広い空間もあまり意味があるとは思えないのである。

教員室の構成はこのキャンパス独自のものだ。教員室棟には事務所から濡れ縁を通って入れるが、路地に面した中央にはこの建物の玄関がある。目の前が校長室、左手に縁側に沿って二十人ほど入れる教員室が三室、右手には教員ラウンジがある。このラウンジは教員がくつろぐ場所として考えられ、壁面、天井は照明器具とともにそのまま装飾になっている。
考え方としては、教員室棟にある三つの教員室は、担任、専科以外の教員、講師のための部屋である。担任は各ホーム・ルーム教室に付属している個室をもっていて、原則としては、それを使うことになっているし、国語,数学、理科、音楽、美術、体育の教員にはそれぞれ専科の教員室が用意されているのだ。担任の個室を別にすれば、これらはいずれも仕事の場で、ラウンジだけは、教員がひとときホッとしてくつろげる部屋なのである。ここの装飾は、それにふさわしいものとしての必然性がある。

装飾の圧巻は、大講堂の内装である。灰青色の天井、立ち並ぶ黒漆喰仕上げの柱、壁面には赤と黒の踊るような勢いのある大胆な模様、これらはすべて埼玉県川越市に住む左官屋石黒重治の手仕事である。彼は、鍋釜を大講堂に持込み、そこで生活しながら一年かけてこの大仕事を仕上げた。
開校後の1985年夏から始めて丸一年、翌年の夏に完成した。このキャンパスでただ一つの、他に例を見ない左官屋としての職人仕事である。
開校の時は、この内装はなく白一色、プロテスタントの教会の雰囲気に通じる静かな緊張した空間だった。これでよいという教職員も少なくなかったが、豊かな装飾の多いこの活き活きした高校生のためのキャンパスは、侘び寂びを基調とする日本の伝統的な白木文化の対極にある。大胆な黒と緑の外装とあいまって、この赤と黒の内装は活力にあふれた大講堂の空間を創り出している。

「第 二 章 キャンパス・ツアー」へ
目次に戻る