第 二 章(3)設計前の準備活動を安井は拒否・設計者探し暗礁に

通常では計画の最初に設計者側から渡される完成予想図はいらない。設計作業に入る前から建築家のイメージに支配されたくないからだ。施主と建築家が協議しながら設計作業を進めていく伝統的な手法をとりたいので、イメージはその過程でできていくものと考えたのである。

まず、設計作業に入る前に、学校とは何かを一から考えてほしい。そのために、授業、クラブ活動、生徒会活動から、普通は非公開の教員会議も開放するので、これらの学校活動を見ながら、学校について教員と自由に話し合ってほしい。この際、建築の話は一切抜きにしてほしい。完成予想図がいらないのと同じ理由で、プロの建築家にイメージを誘導されては困る。プロの建築家とアマチュアの教員は、建築について対等には話しができないからだ。
校長が、学校諸活動の開放、教員待機の体制を用意しているので、両名は好きな時に学校へ来て諸活動を見ながら教員との雑談を楽しんでほしい。その雑談の中から、学校とは何か、この学校の特殊性、あるいは個性は何か、教員が本当に欲しいものは何かをすくい上げ、それを設計の根底に置いてほしいのだ。期間は、三ヶ月程度を予定しているが、両名の訪問の経費としては500万円を支払う。
両名は黙って聞いていたが、興味を持ったようで、積極的に取り組みたいと答えてくれた。事務所に戻ってこの話を伝えるので、暫く待ってくれと言う。
いくら待っても連絡がないので、こちらから出向く筋はないのだが市ヶ谷の事務所を訪問した。

和田営業部長が対応、冒頭に、準備活動の中で建築の話を抜きにとはどういうことかと質問された。
「学校側の申し出は、服部、小田切から聞いていますが、このようなケースは初めてなので、どう扱うか協議していました。教職員との話し合いはわかるのですが、“建築の話抜きで”とはどういうことですか?」
「学校とは何かについての認識を教職員との話し合いで確かめ、建築家と教員で共有してもらいたいということです。アマチュアの教員とプロの建築家は、建築についての話で対等ではありません。基本的な学校とは何かを共有しようとしている時に、プロの建築のイメージで誘導してほしくないのです。」
「手前どもは建築設計が仕事で、スタッフもそのために働いているのです。建築以外の話で社員をお宅の学校へ行かせることはできません。」
「ただで来てくれとは言っているのではありません。そのためだけに、学園は500万円を支払うと申し出ているのですよ。」
「お断りします。手前どもは設計の仕事に対してお支払い頂くので、その仕事無しで頂く訳にはいきません。今まで、このような話でお金を頂いたことはありません。訳のわからないご要望には対応致しかねます。」
やり取りは続いたが、部長は頑として、スタッフを学校に派遣するのは断る、と繰り返すだけだった。学校側の提案は拒否されたのである。断念せざるを得なかった。

安井も近代建築家の事務所ではあるが、木造低層主体という構想については服部、小田切に伝えてあるし、学校についての基本的認識を共有していれば、今までコミュニケーションを続けていた彼等と協議しながら、伝統的な手法で望むキャンパスを建設できるだろうとの期待を持っていたのである。
しかし、そのような背景なしに、いきなり初めての他の近代建築家に依頼するのは不可能である。と言って、日本の建築家は、ことごとく近代建築家である。設計者探しは不可能になったと考えざるを得なかった。

残された道は、経験豊富な棟梁を探し出し、昔ながらの施主との協議で事を進める伝統的な手法を取るしか無い。埼玉県川越市を中心に期待に答えてくれそうな棟梁を探したが、第一に、これだけ規模の大きい木造低層主体のキャンパスなど手がけた棟梁は居ないし、第二に彼等の多くは大手のゼネコンに組織されているのがわかった。第三に、戦後、木造を手がけたことのある大工がほとんどいないのである。偶々、要望に答えてくれそうな棟梁がいても、話を聞くとあっさり断ってきた。規模が手に負えないのと、大工を揃えることが出来ないというのである。関西まで手を広げてみたが、状況は同じであった。

木造低層主体という構想を放棄してRCの箱を並べるくらいなら、広い敷地に、大正時代以降ごく最近まで全国に存在していた2階建て木造のいわゆる擬洋式校舎を、広い敷地に散在させるほうが遥かにマシである。これなら、経験のある大工も居るだろう。配置は、彼等と協議して考えれば良い。
それに踏み切るかどうか思いあぐねているとき、偶々机の上にあるクリストファー・アレグザンダーの「オレゴン大学の実験」(鹿島選書)を手に取った。建築関係の書籍の乱読の過程で、この種の実験には食傷していた。どうせまた、新手の実験に違いないと、読む気もしないで置いてあったのである。

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