キャンパスツアー(10) 平屋の教員室棟

© 2018 Mao Matsuda

事務所の横から直接縁側で教員棟につながっているが、この建物の玄関は、管理棟のアーチをくぐった路地の左手にある。上履きに履き替えて式台にあがると、すぐ前が校長室、右手に教員ラウンジがある。
校長室は武道場に続く庭に面しており、校長用のデスクの前に数名座れるテーブルとソファーが置かれていて、小人数の打ち合わせや来客の応接用に使う。ここも、役員室と同じく装飾のない簡素な部屋だが、窓からの庭とそれに続く武道場の景観が良い。教員室とは廊下と縁側で隔てられており、あとは、玄関とふだんは数人の教員が居るだけの教員ラウンジなので、考え事に集中できる静かな部屋になっている。
教員ラウンジは、天井を和風の照明器具が飾っていて、壁際に作りつけのベンチを設置し、テーブルと腰掛けがオープンに配置されている。隅は簡単なキチネットで、お茶やコーヒーを用意できる。庭に面した側はフランス窓で、明るい開放的な空間になっている。休み時間などに随時教員がここで休憩するのを予想して、このラウンジが用意された。しかし、日本には、教員が欧米のように午前、午後に集まって短い時間であろうとお茶を楽しむという習慣はなく、結局、広くテーブルを使えることで、試験の採点、成績評価資料の作成などの作業が行われることが多く、後は週一回の教員会に利用されていた。
教員室を離れ、随時ラウンジで手のあいている教員がお茶を楽しむためという、このラウンジ本来の使用目的は、習慣の違いから全く別の使われ方に落ち着いたのである。天井のおしゃれな照明器具や、休憩でのんびりとくつろぐためのテーブル、腰掛けの配置、お茶やコーヒーをいれるためのキチネットなどは、必ずしも活用されなかった。考えて見れば、日本の学校には、食堂とは違ういわゆるラウンジというようなものはもともとなかったのだ。長い歴史を持つ文化の違いは、一朝一夕に変わるものではない。
校長室の先を左折すると、庭に面して縁側がのびており、それに沿って、いわゆる戦前からの擬洋式の木造の学校にあったような教員室が三部屋配置されている。各教員室は、路地に面して小割りの窓を持ち、反対側は、日本の伝統的な住まいと同じく縁側を介して庭に向かって開けている。季節の良い時は、自然の通風があって快適だが、エア・コンがないので、夏は風通しの良さに頼ることになる。一年で最も暑い七、八月は長い夏休みがある。冬は、石油ストーブを入れるので、暖房の問題はない。
昔ながらの木の香りとその感触を楽しめる教員室は、時代をこえて良いものであり、教員にも生徒にも好評だった。
美術、音楽、体育などの実技科目にはそれぞれ教員室があり、理科、家庭科室は教員室棟が近いのでそこから往復できる。担任には教室にそれぞれ個室があって原則としてそこにいることになっているが、実際には、試験などがあると教員室での作業に追われて、いつも私室にいるというわけにはいかないようだった。
教員朝会は教員室棟で開かれるし、出席簿もここの教員室に一括して置いてあるので、担任、実技教科の教員も、この教員室には必ず出向くことになる。高校では教員の私室はいらないという日本の学校のあり方を思い切って変えたのだが、複数の机の使い分けが定着するまでは、しばらく試行錯誤が続くのであろう。
夏は蚊が出るので、これら3つの教員室には、今どき滅多に見られないハエ取り紙が天井からぶら下がっていて、初めての見学者や訪問客を喜ばせていた。集中冷暖房という文明を捨てて文化を選択した結果である。

「(11)「体育館ではない武道場」へ
目次に戻る