第 四 章(2)土地造成の考え方―土地の声を聴く

敷地は、国道16号線の谷間から西へ、丘陵を登りきったところにあり、周辺は一面の茶畠である。敷地の西側に16号線と並行して県道が南北に走っていて、西側の境界になっている。
県道より北は、一面広い台地で、やはり茶畠だ。東側は、16 号線との間に起伏に富む2万坪のゆるい茶畠の斜面が開けていて、ここが新しいキャンパスの予定地である。県道から東側に下ると窪地がありそこからゆるく下る敷地が開けているが、その先は崖になっていて急斜面で二本木の集落に下って行く。
予定地は、県道の西側に開ける平坦なだけの茶畠と違い、変化に富んでいて、建築家にとってやりがいのあるキャンパス建設に格好な土地と思われた。
アレグザンダーは、長時間敷地の中を歩き回り、時折り立ち止まっては考え込んでいる。ものも言わずに、この土地との一体感を楽しんでいるように見える彼の姿勢は、頼もしく映った。敷地内の起伏と高低差をどのように活かすかが、課題になるはずだ。

長島正充は日本では有数の優れた建築家で、日本の状況をよく知らないアレグザンダーを補佐する役割を期待していた。彼の設計による東京東久留米のセミナー施設は、使用者の使いやすさへの配慮が好ましかった。穏やかな外観に押し付けがましいところはなく、アレグザンダーによればmodest な印象を与えている。当時流行していたコンクリート打ち放しについては、よほど厚い断熱材のオーバーを着せないと実用にならないと批判しており、安易に流行に乗らない見識は、彼を信頼した根拠の一つである。
彼は、私と一度訪れたときのノートを基に,私の知らないうちに造成計画の概要を作成していた。アレグザンダーが敷地を歩き回っている間に、計画の内容について説明してくれた。
土地の高低差を利用し、起伏を均らして三つのレベルの平面を造成する。掘った土は低いレベルの盛り土として使うが、それでもかなりの量を捨てることになる。造成に使うブルドーザーをはじめとする諸機械、設備、捨てる土の容積の計算に基づくダンプ・カーの延べ台数、必要な作業員の延べ人数、土地造成の完成迄の工事期間が、整然と計画されていた。黙って聞いてはいたが、今の敷地の起伏に富む斜面をどのように活かすかを考えていたので、彼の計画の内容もそれらに関わる数字も覚えていない。

アレグザンダーが戻ってくると、彼は造成計画の説明を始めたが、二人はプロ同志なので、話は早い。時々頷いているのを見て、アレグザンダーが同意しているのではないかと不安になったのを覚えている。
アレグザンダーは、帰りの車の中で、長島の造成計画をどう思うかと、心配そうに聞いてきた。お互いにまだ付き合いが浅く、何を考えているのかよくわかっていなかったので、双方、疑心暗鬼になっていたのだ。

即座に、「反対だ。今の地形をできるだけ活かしたい。」と答えると、表情からほっとしたのがわかった。それまでの深刻な顔つきが、途端に明るくなったからである。
この後、アレグザンダーは、20センチ・コンターの測量図を要求した。通常は1メートルからで、「ちょっと蹴飛ばせば、20 センチの違いなどすぐなくなってしまう。」と測量士は不満を述べていたという。
彼は、測量図から粘土で敷地模型を作り、アメリカヘ帰るとき、嬉しそうにそれを抱えて羽田を発っていった。

今の普通の造成では、起伏のある土地の造成を頼まれれば、“全て均らして三つのレベル”ということになる。いずれ均らして、土地の起伏は無くなってしまう。それなら、敷地模型はいらないし、それを作る建築家もいないであろう。
茶畠特有の地形を活かして周辺の環境との調和を求めるにはどうすればよいのか?どのような造成がこの敷地にふさわしいのか?それに答えるには、実際に敷地の中を歩き回った時の「実感」に照らして考えるしかない。こうして、その土地の「実感」を得、土地との「一体感」を感じることが、「土地の声を聞く」ことになる。
「土地の声を聞く」などというと、神がかりの形而上学と受け取られそうだが、実際にその土地を歩きまわることで、「実感」として体験出来ることなのだ。この、敷地の中を歩いて初めて得られる「実感」抜きに、机上で図面を見ながら造成工事の計画をたてるのでは、「土地の声を聞く」ことはできない。

長島の誤りは、施主にも設計者にも相談なしに、自分の考えで造成工事の計画を作ったことである。これでは、「使用者参加の原理」に反することになる。「全て均らして三つのレベル」という考え方は、近代建築にとっては、ごく当たり前の手法である。それに慣れきっている彼の、いわば条件反射のような行動を責めることは出来ない。彼は、紛れもなく、近代建築家の一人であった。
そして、施主もアレグザンダーも、近代建築を全面的に否定する伝統的な手法を選ぼうとしていたのだ。後に彼はスタッフを離れるが、近代建築家をやめない限り彼との共同作業が不可能だったことは、この時の状況が示唆していた。

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